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専修大学LL研究室外国語教育研究発表会

「欧米圏から見た東日本大震災」 2011年11月26日(土) サテライト・キャンパスにて, 口頭発表を行いました。以下に、発表原稿からの収録を紹介させていただきます。

まえおき

はじめに、このような研究発表会の意義について、かんたんに触れておきたいと思います。

災害と呼ばれる現象の本質は,何でしょうか? わたしはそれは地震,火災,洪水,山崩れなどの現象と人間社会とのかかわりかたに存していると思います。このことから物理的災害現象の研究に加えて,人間も含めた空間的,時間的災害の研究が必要になります。

ところで通常の人間が個人で持ちうる災害の情報やイメージは,災害の全体像のごく一部分でしかありません。いっぽう、災害で起こる非日常的な変化、とくに、これから前半部で見るような〈こわれる〉とか〈もえる〉といった物理現象は、あまりにも強い心理的印象を与えがちです。そのため、そうした特定の物理的メカニスムを理解することで「災害がわかった」という錯覚に陥ってしまうことがあります。

その結果、これまでの災害認識は,物理的な破壊性の強い局面の印象にひきずられ,災害の時間的・空間的展開と人間との関係については,考察が立ち遅れているのが実情です。

両者の関係を理解するために必要なことは,現実に災害に遭遇した人たちや社会がもっている数多くの災害のイメージの断片を,可能なかぎり多くかつ新鮮な状態で収集し,それらを時系列で並べ,空間的位置づけを整理することでしょう。このような地道な努力によって、たとえ十分とまではいかくとも、災害現象の本質への共同作業が開始されると思います。

 ただし、このとき注意しなければならないのは,災害が時間的・空間的広がりをもった現象であるため,一人の人間が知りうる情報には限界があることです。定常的な現象や、習慣となった経験、また、ごくごく小規模な災害であれば,〈一を見て十を知る〉ということも可能です。

しかし,今回のようなケースでは、それは不可能でしょう。第一に、地震・津波の地理的な規模、第二にそれによって引き起こされた放射能汚染の拡散の生態系的な規模、第三に、放射性物質の半減期の気の遠くなるような時間的規模、これらの三点を思い起こして下さい。

むしろわたしたちは、この震災の全体像を首尾一貫したものとして完成するなどという企ては、まず不可能であって、あたかも神のごとき全知の視点に立とうとするようなものだ、という認識を、議論の前提として共有しておく必要があります。

 [ 本論のつづきは「20111126.pdf」をダウンロードをどうぞ ]
  
  

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