「群集の肖像、眼差しのアーカイヴ」
「不実な鏡」
先年のシンポジウムをもとに、J.-L.Godard『中国女』と『夜明けの国』をめぐる受容史的な比較論を、下記の共著に寄稿しました(p.140-149)。単行本そのものは、中国現代文化論として、たとえば東方書店などでも比較的よく売れているようで幸いです(分野違いの拙稿が他の専門家のかたがたの「足を引っ張る」ことだけは避けられたようです)。土屋さんをはじめ、関係者の皆さんにはいろいろお世話になりました、ここに謝意を記しておきたいと思います。
◆土屋 昌明 (著, 編集), 鈴木 一誌 (著), 前田 年昭 (著), 中島 隆博 (著), 下澤 和義 (著), 印 紅標 (著), 森 瑞枝 (著), 時枝 俊江 (著), 岩波映画製作所 (著)
『目撃!文化大革命 映画「夜明けの国」を読み解く』
DVD付 (DVDブック) (単行本)
太田出版; A5版 (2008/4/10)
ISBN-10: 4778311108
以下、拙論の「不実な鏡」の書き出しの一部だけをアップしておきます。続きは、本書のほうでDVDとともにどうぞ。
「ミュージック・ヴィデオ分析試論」
中央大学人文科学研究所編『アルス・イノヴァティーヴァ』(中央大学出版部, 2008.2, pp.155-208)所収の論文で、視聴覚的な「ジャンル」としてのMVに関する、美学理論的なアプローチとしては、おそらく本邦初の本格的(?)なものではないかと思っています。
ミュージック・ヴィデオにはすでに四半世紀を超える歴史があります。その歴史が決して名作だけからなる歴史ではないことは、文学や映画や音楽の歴史と同じでしょう。けれども、世界規模で送り手と受け手の層が厚くなるにつれて、短期間と低予算で作られる広告という従来のミュージック・ヴィデオ観を塗り替えるような作品が現れてきていることも確かです。
今後も、さらにこのサブカルチャー的な「ジャンル」を、より広い意味での美学的「モード」(様態)として考察していきたいと考えています。この場にて、拙稿の口頭発表の段階からお世話になっている研究会のメンバー&研究所の編集スタッフのかたたちに、感謝の辞を捧げます。

Le haïku chez Barthes
"La séduction de l'autobiographie Une lecture de《La côtelette》de Roland Barthes"
映像と記号のエチカ
「映像と記号のエチカ : ロラン・バルトの『ジュリアス・シーザー』論をめぐって」
2005年10月付けで、専修大学文学部紀要、『人文論集』第77号に一本、バルト論を発表しました(p. 231-267)。マンキウィッツ監督が、シェイクスピアの悲劇を題材に撮った映画、『ジュリアス・シーザー』をめぐってのバルトの記号学的経験、とくにソシュール理論の導入(1954年当時)のあとづけを中心として、『現代社会の神話』に所収の映像論に、生成批評的(というほど大げさなものではありませんが)なアプローチを試みています。カルチュラル・スタディーズの源泉ともいうべき、バルトの映像論の「発生現場」に立ち会えるような瞬間を追い求めた、ささやかな試みのひとつです。
文学史の条件 ギュスターヴ・ランソン試論
助手時代に東京都立大学人文学部紀要『人文学報』No.285(1997, p.37-59)に発表したギュスターヴ・ランソン論をPDFファイルにしたテクストです。AcrobatReaderで閲覧可能です。
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より以前の記事一覧
- ロラン・バルトの晴雨計 2004.06.27
- ジャンルとしての「エッセイ」 その理論的地平について 2004.05.29
- ロラン・バルトと「身振り」の詩学 2004.04.05
- ヨブの妻の場処 ジョルジュ・ド・ラ・トゥールとフランスの文学者たちをめぐって 2003.10.01





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